13 脳を刺激する はじめに 非侵襲的脳刺激は1980年代後半から実用化 され,神経科学や医学分野で広く用いられてい る中枢神経刺激手法である。非侵襲であるため 身体を傷つけることなく,痛みを伴わず脳活動 を可視化あるいは操作できるため,ヒトを対象 とした研究においてその貢献度は高い。本稿で は,非侵襲的脳刺激と運動の巧緻性に着目し最 近の知見について解説する。また,今後の非侵 襲的脳刺激研究の展望についても議論する。 脳の興奮性変化を可視化する 非侵襲的脳刺激のひとつである経頭蓋磁気刺 激(Transcranial Magnetic Stimulation, TMS) は筋電図と組み合わせる方法で誘発電位として 脳の興奮性を評価することが可能である。筋
電図上に誘発された活動電位は運動誘発電位 (Motor Evoked Potential, MEP)と呼ばれ,そ の振幅値の大きさを評価する。詳細な解剖学的 説明は省略するが,MEPは大脳皮質一次運動 野(以下,一次運動野)と脊髄を含む皮質脊髄 路の興奮性変化を反映している。皮質脊髄路 は延髄下端で錐体交叉するため, TMSで左一 次運動野を刺激することにより右手の筋肉で MEPが観察できる(図1)。近年,TMSを用い て一次運動野の興奮性と運動技能の関連性つい て検討した研究が多く存在する。 随意運動制御では要求される運動形式により 皮質脊髄路の興奮性が異なる。例えば,手指で 物を掴む巧緻性を伴う運動では物を掴む直前で 指を閉じる時,また対象物に触った時に動作肢 と対側の一次運動野を含む皮質脊髄路の興奮性
非侵襲的脳刺激から紐解く
運動機能を支える神経メカニズム
自然科学研究機構 システム脳科学研究領域 神経ダイナミクス研究部門 助教上原一将
(うえはら かずまさ) Profile─ 2013年,広島大学大学院総合科学研究科博士課程後期修了。博士(学術)。アリ ゾナ州立大学博士研究員,理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て2019年より現職。総合研究大学院大 学・生命科学研究科 助教,理化学研究所・理研CBS –トヨタ連携センター 客員研究員などを兼任。専門は神経 科学,リハビリテーション科学,スポーツ科学。著書に『感覚入力で挑む』(分担執筆,文光堂)。 図 1 TMS と運動誘発電位について 左一次運動野を TMS で刺激することにより対側の右手指から運動 誘発電位を記録することができる。得られた運動誘発電位の振幅 値は皮質脊髄路の興奮性を表す指標となる。 右手(刺激大脳半球と対側) 筋電図記録 (第一背側骨間筋) 運動誘発電位 (MEP) 20ms 0.5mV TMS onset MEP 振幅 第一背側骨間筋 筋電図 左一次運動野 TMS コイル14 全脳レベルで考えると様々な脳領域が運動の 巧緻性に関与している可能性があるが,少なく とも一次運動野は運動の巧緻性をencodingし ている脳領域と言っても過言ではない。筆者の この主張をさらに補足するユニークなTMS研 究を紹介したい。Gentnerら4は,安静時に一 次運動野の手指筋支配領域にTMSを与えるこ とで誘発される指の動きについてオンラインで 関節角度変化を計測できるセンサーグローブを 用いて記録し,得られた関節角度の数値データ に対して主成分分析(大量にある説明変数をよ り少ない指標や合成成分に要約する次元縮約手 法)を行い,関節運動における特徴量抽出アプ ローチを行った。この研究では高度な手指運動 技能を有するバイオリン奏者を対象とし,主成 分分析で得られた4つの関節運動特徴量を用い て手指運動の時系列関節角度変化を再構築した ところ,TMSによって安静時に誘発された随 意的でない指の動きから再構築した関節角度時 系列データにも関わらず,70%という高い精度 で実際にバイオリンを演奏している際の関節角 度時系列変化を再現できた。また,この再現精 度はバイオリンの練習期間が長いほど高いこと が報告されている。つまり,一次運動野は繰り 返しトレーニングした運動技能に関する情報を encodingしていると考えられ,一次運動野が 運動の巧緻性に深く関与していることがMEP 記録を用いないTMS手法でも立証されている。 ここまでは運動を制御する動作肢と対側の一 次運動野に関する知見を紹介してきたが,動作 肢と同側の一次運動野が運動の巧緻性に関与 していることが我々の研究で明らかになった。 我々は巧緻性を伴う運動と同側一次運動野の関 係を明らかにするために箸でビー玉を掴む巧緻 性動作を行なっている最中に同側一次運動野 にTMSを与え,興奮性変化を評価した。巧緻 性を伴わない箸を使わずに手指で物を摘む擬似 条件と比較して箸を使う条件では,同側一次運 動野の興奮性が顕著に高まり,脱抑制が認めら れた。この傾向は,非利き手(左手)で行った 場合さらに顕著になることが明らかとなった5。 これらの知見から,巧緻性が要求されるような が特異的に高まることを報告している1。つま り,精密把握の際には一次運動野の興奮性増加 が要求される。一次運動野の興奮性が運動の 巧緻性と深く関与することをさらに立証する研 究として,高度な運動技能を有する者は一次運 動野の興奮性が一般人と異なることがTMSを 用いた我々の研究で明らかになっている。我々 は,足の巧緻性運動がボールコントロールの際 に要求されるサッカー選手の足支配領域一次運 動野をTMSで刺激し,足首の巧緻性運動に最 も関与する前脛骨筋からMEPを記録した。結 果として,サッカー選手は一般人と比較して MEP振幅は高値を示した。MEPの振幅値は皮 質脊髄路全体の興奮性を反映しているため,一 次運動野と脊髄どちらがMEP振幅変化により 貢献しているかを検討するために脊髄反射を記 録したところ,脊髄反射はサッカー選手と一般 人の間で差異は認められなかった。また,二連 発TMS刺激を用いて皮質内抑制・促通の動態 を評価したところサッカー選手は一般人と比較 して一次運動野の脱抑制が認められた。これら の結果から,サッカー選手のように巧みな足首 運動を長期的にトレーニングしている者は一次 運動野の興奮性が特異的に異なることを明らか にした2。また,さらに高度な巧緻性運動を要 求されるピアニストにおいても同様に一次運動 野の興奮性が顕著に異なる。我々の研究グルー プでは,ピアニスト,ピアノ非経験者,局所性 ジストニア罹患ピアニストの3群における一次 運動野抑制・促通回路を二連発TMSにより評 価したところ,ピアノ非経験者と比較してピア ニストは一次運動野の興奮性が脱抑制傾向で あった。ジストニア罹患ピアニストはピアノ非 経験者,ピアニストと比較してさらに顕著に脱 抑制しており,この過度の脱抑制がピアノ打鍵 の過度のばらつきや鍵盤からスムースに指を離 す能力の低下すなわち運動の巧緻性低下と関連 があることを明らかにした3。これら研究から TMSを用いて一次運動野の興奮性を評価する ことで運動の巧緻性との間に存在する詳細な神 経生理学的関連性を明らかにすることが可能で あると言える。
15 脳を刺激する 運動課題では対側運動野のみならず,同側運動 野もその制御に動員され,左右一次運動野を連 結する白質線維である脳梁を介して神経情報の やり取りを行なっている可能性が示唆された。 計測手法の特性上,TMSはMRIや脳波より も空間分解能は低く,誘発電位計測の場合,一 次運動野の興奮性のみしか可視化できない。し かし,時間分解能は比較的高く,動作の位相に 合わせてTMS刺激を行い,時系列で一次運動 野興奮性変化を評価し,運動における一次運 動野活動のダイナミクスを評価したり,二連発 TMS刺激で皮質内抑制・促通回路の動態を評 価したり,左右大脳半球間あるいはその他運動 関連領域との有向結合の変化を評価することが 可能であり6, 7,運動機能の神経メカニズムを理 解する上でTMSは有効なアプローチと言える。 脳の興奮性を操作する TMSは反復刺激を行うことで刺激脳部位の 興奮性は一時的に操作し,運動がどのように変 化するかを心理物理実験等で評価するVirtual lesionアプローチがある。低頻度の反復TMS を行うことで刺激脳部位を一時的に抑制,高頻 度の反復TMSによって促通を誘発することが できる。fMRIや脳波実験で行動と脳活動の相 関関係が明らかになった場合,次のステップと してその関係に因果性があるか否かを検討する ために脳の興奮性を操作し変調させるアプロー チが有効である。2000年代から微弱な電流を 脳に流す経頭蓋直流電気刺激(Transcranial Direct Current Stimulation, tDCS)が脳の興奮 性を操作するアプローチのひとつとして広く用 いられている8。連発TMSは局所的に脳を刺激 できるのに対してtDCSはより広い脳領域の興 奮性を変化させる(図2)。TMSは刺激部位の 同定や閾値,刺激強度の設定に多少技術が必要 となるが,tDCSは電極を頭皮上に置くのみで 刺激強度の選択肢は少ないため比較的使いやす い手法である。 我々はtDCSを用いて,上腕筋群の運動協調 性を操作するために動作肢と同側の一次運動野 に対して陰極刺激を与えたところ上腕筋群の協 調性に改善がみられた。興味深いことに,元々 上腕筋群の協調性が低い者は刺激による改善効 果は顕著であり,逆にも元々協調性が高い者は 刺激による協調性改善は僅かであった9。つま り,tDCSの刺激効果には個人差が認められた。 個人差の観点からさらに議論をすすめると以 下の疑問が生まれる。それは,非侵襲的脳刺激 でどこまで運動技能を高めることができるかと 非侵襲的脳刺激から紐解く運動機能を支える神経メカニズム 図 2 TMS と tDCS の違いについて TMS の方が tDCS よりも局所的な刺激が可能。tDCS は電極配置を変えることで刺激 範囲を調整することができる。SimNIBS(https://simnibs.github.io/simnibs/build/ html/index.html)を用いてシミュレーションした結果を提示。 TMS tDCS 単極モンタージュ 双極モンタージュ • 局所的な刺激が可能 • 刺激部位の同定に技術が必要 • 局所的な刺激が可能な一方, コイルの位置がずれると異なる 脳領域を刺激してしまう • 広範囲に脳を刺激する(非局所的) • 刺激が広範囲であるため刺激部位の決定 が比較的容易 • 電極配置を変えることで局所的な刺激も 可能(単極・双極モンタージュ)
16 いう点である。この疑問に対する答えとなる知 見として,Furuyaら10は,ピアニストとピア ノ非経験者にtDCS刺激を行い,ピアノ演奏技 能がどこまで向上するかを検証した。ピアノ非 経験者はtDCSを行うことで顕著に演奏技能が 向上したのに対して鍛錬されたピアニストでは tDCSの効果は認められず,技能向上がみられ なかったことを報告している。つまり,tDCS は天井効果があり,高度な運動技能を持ち合わ せた者には効果が得られにくいと言える。上記 知見から,ベースラインとなる本来持ち合わせ ている運動技能のレベルによって非侵襲的脳刺 激の効果は異なる可能性が示唆された。 このように脳状態を操作する非侵襲的脳刺激 は個人差が非常に大きく,その他にも様々な因 子が非侵襲的脳刺激の効果に関与すると考えら れている。つまり,研究デザインを設計する上 でこれらの因子を事前に理解し,考慮する必要 がある。詳しくは我々の総説論文11を参照して いただきたい。 近年,計測技術と解析の高度化に伴い非侵襲 的脳刺激とfMRIや脳波等の脳イメージング計 測を統合した同時計測手法が用いられている12。 例えば,リズミックなTMS刺激により特定の 脳波周波数帯へと引き込むような手法13が確立 されつつある。一例として,我々は巧緻性運動 に重要な運動速度制御に深く関与するベータ律 動(15 – 30Hz)をリズミックTMS刺激によっ て人工的に誘発することで運動速度制御を変調 させることが可能であることを明らかにした。 このように非侵襲的脳刺激と脳イメージングを 組み合わせた多計測モダリティアプローチによ りこれまで可視化できなかった運動の巧緻性に 関する神経情報を捉えることが期待され,新た な神経メカニズムの理解に繋がると考える。 文 献
1 Lemon, R. N., Johansson, R. S., & Westling, G. (1995) Corticospinal control during reach, grasp, and precision lift in man. J. Neurosci. 15, 6145–6156.
2 Hirano, M. et al. (2014) Long–term practice induced plasticity in the primary motor cortex innervating
the ankle flexor in football juggling experts. Motor Control, 18, 310–321.
3 Furuya, S., Uehara, K., Sakamoto, T., & Hanakawa, T. (2018) Aberrant cortical excitability reflects the loss of hand dexterity in musician’s dystonia. J. Physiol. 596, 2397–2411.
4 Gentner, R. et al. (2010) Encoding of motor skill in the corticomuscular system of musicians. Curr. Biol. 20, 1869–1874.
5 Morishita, T., Ninomiya, M., Uehara, K., & Funase, K. (2011) Increased excitability and reduced intracortical inhibition in the ipsilateral primary motor cortex during a fine–motor manipulation task. Brain Res. 1371, 65–73.
6 Uehara, K., Morishita, T., Kubota, S., Hirano, M., & Funase, K. (2014) Functional difference in short– and long–latency interhemispheric inhibitions from active to resting hemisphere during a unilateral muscle contraction. J. Neurophysiol. 111, 17–25.
7 Uehara, K., Morishita, T., Kubota, S., & Funase, K. (2013) Neural mechanisms underlying the changes in ipsilateral primary motor cortex excitability during unilateral rhythmic muscle contraction. Behav. Brain Res. 240, 33–45.
8 Nitsche, M. & Paulus, W. (2000) Excitability changes induced in the human motor cortex by weak transcranial direct current stimulation. J. Physiol. 527, 633–639.
9 Uehara, K., Coxon, J. P., & Byblow, W. D. (2015) Transcranial direct current stimulation improves ipsilateral selective muscle activation in a frequency dependent manner. PLoS One. 10, e01222434.
10 Furuya, S., Klaus, M., Nitsche, M. A., Paulus, W., & Altenmuller, E. (2014) Ceiling effects prevent further improvement of transcranial stimulation in skilled musicians. J. Neurosci. 34, 13834–13839.
11 Li, L. M., Uehara, K., & Hanakawa, T. (2015) The contribution of interindividual factors to variability of response in transcranial direct current stimulation studies. Front. Cell. Neurosci. 9, 181.
12 Polanía, R., Nitsche, M. A., & Ruff, C. C. (2018) Studying and modifying brain function with non– invasive brain stimulation. Nat. Neurosci. doi:10.1038/ s41593–017–0054–4.
13 Thut, G., Miniussi, C., & Gross, J. (2012) The functional importance of rhythmic activity in the brain. Curr. Biol. 22, R658–R663.